Thursday, December 28, 2023

Naoya Inoue vs Marlon Tapales/井上尚弥 vs マーロン・タパレス

スーパー・バンタム級四団体統一王者決定戦『井上尚弥(WBC/WBO)×マーロン・タパレス(WBA/IBF)戦』を動画で視聴した。試合は、井上尚弥選手が10ラウンドKOで勝利を飾った。井上尚弥選手おめでとう!

さて試合はバンタム級時代の一方的な勝ち方を見慣れたファンには、やや見慣れない息の詰まる内容だったと思う。蓋を開ければ大半の予想通りにモンスターのKO勝利に終わったこの試合は、WBA/IBFの統一王者マーロン・タパレスの技術と精神力によって見ごたえのある試合となった。以下、その見どころについて私のしろうとなりの所感を3点記述する。

<①タパレス選手のフィジカル>

試合を面白くした要因の一つはタパレス選手のフィジカルの強さだと思った。具体的に印象に残ったのは以下の3点だった:

(1)上半身の柔らかさ

タパレス選手は上半身が柔らかかった。それを生かしたディフェンスによって井上尚弥選手の武器である右ストレートを寸前でかわす場面が時折見られた。この右ストレートが正面からまとも入って試合開始70秒で決着のついたファン・カルロス・パヤノ(Juan Carlos Payano)戦のように前半で決着がつかなかった一因がここにあると思う。

(2)動体視力の良さ

タパレス選手は、井上尚弥選手のワンツーをバックステップによって前半巧みに回避していた。これはタパレス選手の動体視力の良さの証左の一つと思われた。しかしこの能力は、後半にダメージが蓄積すると共に少しずつ失われたようだ。また後半のラウンドで、自分のパンチを当てるために距離を詰めた際にはその効力は失われ、結果的にモンスターのストレートを数多く被弾することになったように見えた。

(3)ノーモーションのジャブ&ストレート

タパレス選手のジャブとストレートの中で、ノーモーションで繰り出されたパンチが7ラウンドと8ラウンドに数回、モンスターの顔面をとらえる場面があった。おそらくはタパレス選手の得意パンチなのだろう。しかしこれについては井上選手も同等かそれ以上の能力を持っている。また試合の中では散発的だった。結果として、優位を獲得するほどの武器にはならなかったようだ。試合後の会見では、井上選手の「スピード」が異次元であったことをタパレス選手自身が証言している。

<②タパレス選手のメンタル>

タパレス選手はメンタルの強い選手だった。モンスターの強烈はパンチを被弾しても顔の出さず、ボディを貰った時には、自分の腹をグローブで叩く「もっと打ってこい」と言わんばかりのジェスチャーを示した。また、試合を通じて、タパレスが中央に立ってモンスターがロープ沿いを回る構図が多々あった。そして連打の後には、打たれっぱなしで終わらず、連打を返すシーンがも見られた。特に最初のダウンを喫した4ラウンド後の二つのラウンドでは、闘志を前面に出したそうした姿勢が顕著だったと記憶する。とても勇猛なボクサーだった。

<③井上選手の準備>

さて、ここまで述べてきたタパレス選手の優れた特長を、モンスターはいかに凌駕し、勝利を手にしたのだろう。Stephen Fulton戦と比較して明らかに進化したと思われる点を2点に集約して述べる。

(A)パワーアップ

井上尚弥選手は、Stephen Fulton戦の時よりも身体がゴツくなって見えた。2戦してスーパーバンタムの身体造りが完成形に近づいた、そんな印象を受けた。私が「おおぅ」と思ったのは「僧帽筋」だ。首の両脇が富士山の裾野のようにもっこり盛り上がっていた。僧帽筋は腕を肩よりも上の方へあげる際に活躍する筋肉だといわれる。モンスターは、この筋肉がしろうとの私が目で見てわかるくらい身体的にハードな訓練をして試合当日を迎えたのだろう。また体幹も明らかに一回り太くなって見えた。その結果か、右ストレート一発とっても「重さ」が明らかに違って見えた。試合後の会見で、「倒れた時は正直驚いた」と本人に言わしめた右ストレートは、半分ガードの上から当たったようだが、それでも決定打となった要因は、それまでガードの上から被弾した多くの右ストレートと同様に、ガードの上からでもダメージを与えらえるほど「破壊力」があった、ということなのだろう。

(B)カスタマイズされた戦略

今回のモンスターの戦い方は、タパレスという選手の特徴に合わせてカスタマイズされて見えた。ビジネスでは顧客分析が重要な役目を果たす。ボクシングの対戦相手をビジネスのカスタマーと呼ぶのは変かもしれないが、「制することで収益を得る」という点では、タパレスをカスタマーと捉えてもよかろう。例えば、今回のお客様のタパレスはサウスポーだ。サウスポーのカスタマーには、右のパンチが入りやすい。今回の試合では、得意の右ストレートは、前回のStephen Fulton戦と同様に、今回の試合でもカギを握った。しかし、前回あまり見られなかったが、今回は印象に残ったショットがあった。右のアッパーだ。決定打にはならなかった。しかし、モンスターはサウスポーのタパレスに合わせて、このショットをカスタマイズしていることがわかる。前回のStephen Fulton戦では、左のボディジャブがStephen Fulton用にカスタマイズされた戦略の一つだった。今回は右のアッパーがそれだったと思う。

さてこうして書いていると、ボクシングの試合は、裁判の前に弁護士が行う準備に匹敵する知的作業を伴うことが良くわかる。だからといって頭で分かったことをフィジカルに体現できるかはまた別の話だ。そこには不断のトレーニングがあったに違いない。

会見の中でモンスターは「やって来たことが間違っていなかったことが証明されて嬉しい」という趣旨のコメントを述べていた。まるで科学者が仮説を検証する実験に成功したような口ぶりだ。まさにボクシングというスポーツが、ある次元では仮説を試合で検証する科学の側面を持つことの証左だと思う。またそうとらえることで、個人的にはボクシングというスポーツを、これからもいろんな角度から楽しく視聴できるように思う。

以上、スーパー・バンタム級四団体統一王者決定戦『井上尚弥(WBC/WBO)×マーロン・タパレス(WBA/IBF)戦』の所感でした。まる。

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